2014年 12月 09日

音楽を聴こう

ここまで来れた






私は幸せ者だな




# by johannes30w | 2014-12-09 01:47 | オーディオと音楽 | Trackback | Comments(2)
2014年 12月 06日

Yellow

別にODさんのことを書きたいわけではないのだが







システムのレベル調整も順調に進んでいる。

しかし、追い込みが進むにつれて、どんどん気になってくる部分もある。

ツイーター部が弱い。


うちのツイーター部は、2420によるツイーターと、2404によるスーパー(?)ツイーター部があるのだが、

ここが弱い。



エネルギーバランスは、何年もの試行錯誤の上に確立できたものだし、

いまさらこの問題でも無い。

純粋に弱く感じる。





今回の大改革は、アンプの真空管化にあるのだが、

実は少しズルをしている。


このツーイーター部には、トランジスタアンプをあてがっているんだ。





これはセータのドレッドノートという4チャンネルアンプ。

元々はAV用アンプなのだが、うちのシアターで使ってみて、

こいつが実に素直で癖の無いのが気に入っていた。

シアターで実際に真空管アンプとの共存も試したが、癖の無いのが幸いして、

全く違和感を覚えない。



今回の改革ではオール真空管アンプ駆動というのが命題だが、

このツイーター部に使いたい真空管アンプがまだ見つからないこともあり、

真空管アンプのS/Nにもまだ不安があったので、

このセータのアンプを使っている。


音色的には、予想通り不満は全くなく、逆にこの体制が気に入ってはいるのだが、

いかんせん弱く感じる。



4チャンネルアンプだけど、それぞれに100wあるはずで、ワット数にも不足は無く、

レベルをガンと上げればいいようなものだが、

そうすると全体のバランスが崩れる。

どうしたもんだと悩むふりをしてみるが、

これは最初から予想はしていた。



DAW/DTM環境におけるレイテンシの問題なんだ。

つまり、時間軸がずれてる。




一般的にはそんなことは考えないし、私自身もあまり聞いたことはないが、

アンプによって、信号が入って、それが出力されるまでの時間に微妙な差があるように思う。

ここ数か月の様々な実験でそう確信している。

特に今回は、真空管アンプとトランジスタアンプが共存しており、その方式に違いによる時間差がどうしても無視できない。

少し以前の状態では30wにもトランジスタアンプをあてがっており、その時に発見した。

トランジスタアンプより真空管アンプの方が、信号が出力されるのが早い。




この時間差が音として、ツイーター部が弱く感じる原因なんだ。


で、解決は、デジチャンのディレイ機能を使う。



本来デジチャンのディレイ機能は、スピーカーの位置からくる時間差の補正なのだが、

幸せなことに私の場合、現状のセッティングで、スピーカーの位置による時間差の不具合は感じていない。

アンプのレイテンシの補正に使う





距離にして数センチの調整だが、これがやたらと効く。

レベル調整じゃなく、この調整でツイーター部が弱く感じていた状態は解決できた。





今となって思い出すのだが、



私のような多チャンネルマルチを組んでいて、アンプをとっかえひっかえしていると、

ある使い方をすると、音楽がゆったり聴こえ、また違う使い方をすると、音楽が切羽詰まって聞こえたりする。

これはもちろんそのアンプの音色の問題もあるのだろうが、

もしかしたら、アンプのレイテンシの違いによる聞こえ方の違いも大きな要因になっているのではないかと予想する。

いや、

確信している。




30wにトランジスタアンプをあてがって、様々なディレイのかけ方を工夫した結果、

それに間違いないと考えている。



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名曲というものは、多くの人がそう思うことで確立される。

でも、やっぱり自分だけの名曲というものもある。

中島みゆきにも多くの名曲が存在するのだと思うが。



今はレコードが聴けないから、「寒水魚」以前のアルバムは封印してしまっている。

夜会が始まって以降のアルバムは、ほとんど興味を失っている。

「寒水魚」以降で夜会の始まるまでの、本人曰くの「ご乱心の時代」(?)のCDを最近は聴く。



正直に言えば、気に入らないものがほとんどで、

でもそれでもアルバムの中に一つや二つはお気に入りが出来てくる。

そのなかでも、聞いた当初から、これは!と感じる曲もあって、今でも時に聴く。


たとえば「黄色い犬」という曲がある。



この曲が名曲と言うべきかどうか、良い曲と言うべきかどうかはわからない。

でもこの時期の中島みゆきの曲の中では私が最も聴く曲の一つではある。

爆音で。



こいつは爆音で聴かなきゃ意味が無い。




他にも爆音で聴くべき中島みゆきの曲が数曲ある。


いや、

爆音で聴いてもきちんと聴けるシステムに仕上げなければ、聴く意味が無いと言うべきか。





爆音用中島みゆきリストでも考えてみようかな。。






# by johannes30w | 2014-12-06 01:58 | オーディオと音楽 | Trackback | Comments(8)
2014年 12月 02日

ベートーベンが聴きたい



晩年のジュリー二指揮による「英雄」

今の私にはこの演奏が良い。

聴き損じると、あの印象的な開始早々失速したかのように聞こえるが、

このゆったりした、しかし弛緩しない、この息遣いでしかなし得ないベートーベンが、

厳然とここにある。


この音の流れに自分の呼吸を重ね、そして静かに目を上げれば、

そこには細部まで彫琢され、しかし恐ろしいまでの威容を持つ巨大なベートーベンが見えてくるはずだ。

しかししかし、それでもジュリー二の音楽は美しい。




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ベートーベンを聴こうとCDの棚の前に立ち、

私の持っているCDにはベートーベンが少ないことに改めて気がついた。

マーラーがやたら多いのは仕方ない(?)とはいえ、

ベートーベンはあまりにも少なすぎるんじゃないか?



それこそブラームスの方が、圧倒的に多い。

これがレコードとなると、当然のごとく、ベートーベンが他を圧して存在するのだが、

CDではそうはなっていない。


世の音楽ソフトがCDに代わって行った時、私は高校を卒業したころだったと思い出すが、

まあ言ってみれば、へそ曲がりに拍車がかかった頃で、

そんなこともあって、ベートーベンのCDが少ないのかもしれない。




そんな作曲家間のCD枚数の比較なんぞは大した意味を持たないと言われるだろうし、

私だって、趣味の問題なのだから、当然いろいろなパターンがあって当たり前だと考えるが、

一音楽ファンとなって改めて考えてみると、

やはりこれはおかしいんじゃないかと思えてくる。

ベートーベンよりショスタコービッチの方が多いなんて、

お前は何にもわかってないななんて言われても、言い訳のしようもないね。




そんな私でも、昔から聴き続けている演奏もある。









これはベートーベンの、ピアノとヴァイオリンとチェロのための協奏曲。

俗にいうトリプルコンチェルトという曲。

このブログでも何度も取り上げているが、やっぱりこれは好きなんだ。

中学生の頃だったと思うが、何だかめちゃめちゃ好きになって、

毎日毎日聴いていた。

当時、カラヤンはやっぱり嫌いで、

特にカラヤンのベートーベンやブラームスは、どうしようもなく嫌だった。

今となっては、C.クライバーのベートーベンを褒める人間がカラヤンを嫌うなんておかしいと言い放ってやりたいくらいだが、

この演奏はとにかく好きだった。



聴いて聴いて、聴きつくしたレコードであり、そのあと改めて買い足したCDだが、

今でも聴きたいと思うのは、

これこそ名盤と言えるものなんだろうね。






今回も、システムが復活して、英雄で満足したら、これに手が伸びた。





聴きなれた静かな序奏で始まる。

少しづつ弦の響きが積み重なり、音に厚みが与えられてくると、いつもワクワクする。






私にとって真空管アンプの最大の魅力は、音の立体感。

演奏者の実在感といってもいい。

決してやさしさや肌合いの良さではない。


よって、こういうコンチェルトなどの独奏者の息遣いがなんとも生々しい。



デジタル化によって得られる最大の利点はコントロールの正確性だとは思うが、

意図しなかった大きな素晴らしさは、完全なセパレーションが得られたこと。

これはオールアナログ時代には想像もできなかったことで、

音像定位の凄さは、これはもうデジタルの独壇場。

私のシステムも、バランスが落ち着いたらスピーカーのセッティングを、

手直しなんてレベルじゃなく、根本的に見直さなければいけないと考えている。



独奏者の立ち位置は面白いように安定している。

それを作り出しているエンジニアの苦労がはっきり見えてしまうのはご愛嬌だが、

それにしても、この三人の独奏者の表情を見ていると面白くて仕方がない。


若いロストロポーヴィッチは、どんどんのめり込んでいく。

オイストラフは泰然自若として音楽を完全に歌い上げる。

リヒテルは、少し不満に思っているのか、口がへの字に曲がっているね。


それにしてもカラヤンなんだ。

当時の演奏評などでいつも書かれていたのは、「完全なバックアップ」なんていう意のことだったが、

いや、

それが全くとんちんかんであることが、何十年もこの演奏を聴いてきて、今はっきり解った。

カラヤンは、猛烈に音楽を突き進めている。凄いエネルギーだ。

伴奏なんていうものじゃなく、3人の名演奏家をはっきり上回って熱く音楽を追及している。

凄い!






何十年も飽きずに聴き続け、そのたびにいいなあ~と思うのは誰でも出来るだろうが、

何十年越しにどんどん新しい発見をし、全く新しい感激を味わえるなんて、

これは、我々オーディオに真剣に取り組んでいる者だけが味わうことが出来ることなんだろうね。

オーディオファンを小ばかにした自称音楽ファンにはとてもじゃないが感じることができない、

聴くこともできない音楽の素晴らしさなんだろうね。







まだまだ調整途中ではあるんだけど、

このベートーベンを聴いて、私が今回進めつつある大改革は間違っていなかったと確信できた!

うれしい!







デジタル系の機器は、軽薄だというのが一般的な理解だろう。

しかし、本気で作られたものは、今や同列に置いても見劣りはしない。

良い時代になってきたのかもしれない。






# by johannes30w | 2014-12-02 01:32 | オーディオと音楽 | Trackback | Comments(0)


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