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2007年 04月 25日

チクルス

チクルスとは全曲演奏のことではあるが、10番を入れるかどうかは一考すべきではある。
未完に終わったこの曲を、マーラー自身は破棄してくれと言い残して死んでいる。
9番をあれほど恐れたマーラーが、その呪縛を完全に断ち切るはずの10番を、自ら破棄することを言い残さなければならなかった。

ほぼ完成された第一楽章を除き、あとはスケッチにとどまっている。

私が明けても暮れてもマーラーとのめりこんでいた時、もちろんレコード時代ではあるが、デリック=クックなる人物が、このスケッチを元に全曲を完成させた。
クック自らの指揮でレコードも出ていた。

しかし、どうしても買えなかった。

聴きたい気持ちは抑えようも無く存在するのだが、買えなかった。


友人に、そのレコードを持っている者がいて、頼んで一度だけ聞いた。
しかし、気持ちが混乱するばかりでとても聞いていられなかった。

マーラー自身が望んでいないことをやっている自分の居場所がなかった。


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このバーンスタインのレコードは、第一楽章のみ演奏されている。
バーンスタイン自身は、最初のマーラー全集を完成させた頃、10番は理解できないと公言していた。
しかしその後、70年代に入って、このレコードが作られた。
バーンスタインの中で何が変化したのかは解らない。



チクルスをスタートさせた時、10番を入れるかどうか迷った。

迷ったが、10番まで続けようと決めた。

これまで、それぞれの交響曲で、どの演奏を聴くか迷いながらここまで来た。
しかし、10番は、最初からこのレコードと決まっていた。
これは空前絶後の演奏だ。
これしかない。

バーンスタインはウィーンフィルともこの10番を演奏していて、その映像まである。
しかし、あれはダメだ。あくまでニューヨークフィルと演奏したこれしかない。

さらに言えば、
レコードでないとだめだ。
この演奏も、CD化されたことがある。
大事なレコードをすり減らしたくない一心で買った。
なぜだか全然伝わって来なくなっていた。


クックの補完した10番の全曲版も今や当たり前にレコーディングされている。
ラトルあたりが口火を切ったのかもしれない。
CDは、持ってはいるが、聴かない。
第一楽章を、少しだけ聴いたこともあるが、甘い。



このレコード、録音も、プレスもメチャメチャ悪い。
しかし、10番はこれしかない。


タンノイ時代以来、針を降ろした。






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これはノイマンのラインアンプ475-B
ラインアンプの効果は数年前(?)からこのブログでもしつこく書いてきた。
組み合わせの失敗や、功罪はあるにしても、いいものを選べばその効果は絶大。
今や私のシステムには欠かすことは出来ない。ようはプリプリですな。

最初はチャンデバを複数駆動するため、ディストリビューターを使用し、知らず知らずのうちにその効果の恩恵を受けていた(ディストリビューター内には当然ラインアンプ様の回路が存在する)。この効果をはっきり認識させてくれたのは、やっぱりありささんで、ディストリビューターを使わなくなってからも、ラインアンプを所有していない私はその効果がどうしても必要と感じ、プリを2段重ねすることで、試行錯誤の上その効果を出していた。

スピーカーシステムは、当時5ウエイにまで膨れ上がっていたが、Urei525チャンデバのおかげでチャンデバ並列駆動はせずに済んでいた。

さらにスピーカーシステムの試行錯誤の上、6ウエイが必須であるとの結論に達し、そうなれば再びディストリビューターが必要になったその頃、このノイマン475-Bラインアンプとであった。幸運にもステレオ用で2台入手でき、これならこいつを使ってディストリビューターとして使おうと考えた。

ただ、このラインアンプを作動させるにも当然電源が必要で、ありささんやhide。さんのお世話になった。

6ウエイなどというものが必須とはいえ、アナログチャンデバでは最大規模のUrei525であっても5ウエイまでしか対応しない。
コンデンサーをうまく使い、5ウエイ+1として上手くできないかをここ数ヶ月探ってきた。
その結論としては、やはりきちんとクロスさせるのにこしたことはないというもの。

となればだ。アンプがもう一台必要。

平行してパワーアンプの総入れ替えを敢行。
アムクロンのKシリーズでまとめることにしたが、台数が揃わなかった。


なんのかんのと、行く道は見えているものの、進みだせずにいた。



が、とうとうK2がもう一台やってきた。



コマは揃った。



ノイマン475-Bを使ったディストリビューターを本格始動させる時がやってきた。

始動に当たって、決めなければいけないことがある。

475-Bはオペアンプが使われている。

オペアンプを嫌うむきもある。かく言う私だって、一昔前はやっぱりディスクリートで組んでいる方がはるかにいいと信じ込んでいた。今は違う。それぞれに功罪がある。結論的にはいいものは、オペアンプを使っていようがディスクリートで組んでいようが関係なくいい。

ただオペアンプを使っているものは、始末が悪い(?)ことに、使われているオペアンプの種類によってあまりにもおとの変化がある。
475-Bラインアンプを本格始動する前に、それに使うべきオペアンプを決定しなくてはならない。

で、これも各方面の協力のもとに集めたのがこれらのオペアンプ

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あ~、もう嫌になるな~

これだけ集まっても数が足りないブツもあって、でも、ステレオで揃うのが待てなくて、聞いていく。

もう型番など面倒で書いていられない。

モノラルで、バッハの独奏バイオリンのためのソナタを聞いていく。


あるものは力強いが伸びない。同じ型番でメーカーが違うのに換えると(モノラルなのに)ウワット音場が広がった。これはすごい。と、暫く聞いていて、さらに別のに換えると・・・
音場が若干狭くなった。しかし底光りするような実体感のある音になった。あらま?と思い、元のに戻すと、音場は素晴らしいが、肝心の楽音が安っぽい。

あ~、困ったもんだ。

結局、どれも個性であって、どれが好ましいのかを選択するしかない。


あーあーあー、、、、
だから嫌なんだよな~

いっそハンダで付けていてくれたら諦めもつくってもんなのに・・・・。



ま、まずはここでの決定をしていかなければ次(電源?)へ進めない、、、、。


しかし、

これを乗り越えれば、いよいよ本体を決定できるかもしれない!!


CDP>プリ(アンペックスorノイマン444A)>ディストリビューター(ノイマン475-B)
  
          >チャンデバ(Urei525+アムチャン)>パワーアンプ(アムK)>スピーカー



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これはライトセーバーではない。

先日も出張で東京にいた。退屈が予想されたのでODさんに連絡し、一緒に夕食をとった。
その時ODさんがくれたお土産がこの懐中電灯。

訪問したほうがお土産をもらうのも変な話だが、ありがたかった。

ODさんありがとう。早速使わせてもらってます。

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by johannes30w | 2007-04-25 07:52 | オーディオと音楽
2007年 04月 21日

至福のバッハ

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先日、少し話題にしたのがこのバッハのCD。
焼き蛤さんに教えていただいたもの。

これを寝る前、いや、ベッドに入ってぼんやり聴くのがクセになっていた。
このシリーズは、他にも数枚あり、二三聴いてみたが、やはりこのアルバムが最も好きになった。
私などは、ベッドにたどり着かず、そこら辺でうたた寝してしまって朝を迎えてしまうことも多々あるのだが、これを聴いていた頃は、これを聴くのが楽しみで、毎日ベッドにもぐり込んでいた。

しかし、問題はここから。

システムの体調が崩れたとき、それでもやはり毎日寝ないと身体は持たないわけで、ベッドに入る時はこれを聴いた。

が、

実につまらない。
もともとベッドサイドで音がどうこういうつもりは無いし、別に音なんてどうでもいいと思っていた。
だが、
違う演奏みたいに気持ちがこもらない演奏に聴こえる。

あれ~、これってこんなにつまらない「演奏」だったんだと思ってしまった。


これが問題



昔から、オーディオの必要性について、いろいろ言われてきている。
ラジカセで聴いても音楽は音楽と、当然のように言われ、また、何故だか後ろめたく感じているオーディオファンもたくさんいる。
私自身だって、ここまでオーディオに死に物狂いにならなくてもいいんじゃないかとどこかで思ってきた。頭では、もしくは人様に対しては、オーディオをつめることで、音楽から受ける何かがいっそう大きなものになると、物知り顔で答えてきた。
しかし、やはりどこかで、音楽を聴くのにここまで・・・・・と思ってきた。

でも、先日来のこの経験で、いっそう確信を持つようになった。

音楽を聴くのに、しっかりとしたオーディオは不可避のもの。
いや、オーディオを軽視した音楽経験など嘘っぱちだ。



音楽を経験するということは、単にメロディーや、リズムを感じ取るだけのものではない。
その作曲者や、演奏者がそこに込めたもの、その人間としての感情、考え、生き様、その全てを感じ取るべきもの。
であるなら、それが感じ取れない音楽、それを再生するオーディオなんていうものは存在する意味が無い。

私が改めて驚いたのはそのこと。

いい加減な調整でのオーディオであっても音楽のメロディーやリズムくらいはわかる。
しかし、ひどくつまらなく思えたのは何故か。
それは音楽家の息遣いが聴こえてこなかったから。
音楽家の息遣いが聴こえなかったから、その演奏が酷くつまらないものに思えた。

これは非常に危険なことだと思った。
オーディオによって、演奏はもとより、その音楽自体の評価が変わってしまう。

なんと恐ろしいことだ


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これはボザールトリオが演奏したブラームスのピアノ四重奏曲

有名なのはやっぱり1番で、最近もクレーメル・アルゲリッチ・マイスキー・バシュメットが演奏した喧嘩みたいなCDが出て、あれも面白かった。
でも、どっぷり嵌れる人なら2番もじっくり聴いて欲しいな。
2番は曲の構成も大きく、シンフォニーみたいな感じさえ受ける。一般的には1番と比べて散漫であるという評になってはいるが、その第二楽章にゆったりと身を任せてほしいな。
ボザールトリオはその音色も美しく、たしかレコード時代もその録音のすばらしさが評判になったような気がするが、まさに馥郁たる響きに陶然とさせられる。

このCDも、その美しい響きが再生できない限り、2番など実につまらない曲となってしまう。
こういうことは、現実のコンサートではありえないことで、演奏家はその美しい響きをホールに響かせる義務があり、いい演奏家ほどホール全てにいい響きを行き渡らせる。
美しい響きを行き渡らせることができない演奏家は、したがってつまらない演奏家であるということになるわけで、当然、曲もつまらなくなる。

現実のコンサートでは、したがってすべての責任が演奏家にかかってしまうわけではあるが、我々が家庭でレコードやCDなどでこれを再生する場合、もう一つの問題が発生する。
 オーディオの問題。

いくら演奏家と録音エンジニアが丹精込めて美しく録音したとしても、いいかげんなオーディオでの再生で、その美しさが再現できなければ、これは作品はもとより演奏家の意図もぶちこわすことになってしまう。

われわれオーディオファンは、そのことを肝に銘ずるべきだ。



菅野沖彦氏の提唱する「オーディオ演奏家」という言葉が重い言葉として思い出される。

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これはヴァントのシューベルト交響曲全集。
この価格でこの演奏、しかも全集が買えるとは、一昔では考えられない。

話はそれるのだが、最近の価格というのは安すぎないか?
ありがたい話ではあるのだが、ここまで安いと安直に買って、それほどのありがたみも感じずに聴き飛ばしてしまうんじゃないだろうか?
レコード時代を懐かしむつもりはないが、あの時代、一枚一枚一生懸命買って、そのぶん一生懸命聴いていたように思う。

もちろん演奏はすばらしいもの。
晩年のヴァントとは少し違うようにも思うが、ヴァントらしい厳しい演奏。
そのぶんシューベルトの優しさ、美しさが際立つ。

一般にはなじみの薄い初期の交響曲も一曲づつ聴いて欲しいな。
チクルスではないが、そうすることで見えてくるものも非常に大きいものがある。

このCDはRCAレーベルのもので、リマスタリングされている。
元々はハルモニアムンディの録音。
ハルモニアムンディは、私が最も好きなレーベルの一つで、メジャーレーベルには望みようも無い自然で奇をてらわない(そのぶん一般受けしにくいような)録音をしてくれる。
このCDが、帯に謳われているように非常に優れたリマスタリングが行われたどうかはしらないが、ハルモニアムンディレコードのすばらしい録音を100%生かしているとは言えないものの、かなり魅力的なCD化が行われたとは思う。


ま、はなからCDを作るならまだしも、レコード時代に録音されたものならCD化する時にはリマスタリングは当然行われるべきだよね。録音時にはどのみち弄り回されてるわけで、それがレコードを作るためのものだったのなら、そのままCDをつくることはレコード会社の怠慢と言い切ってもいいように思うな。


この演奏、ヴァントらしい厳しいものだと書いた。毅然とし、かっちりとした構成、骨格を持つ演奏。シューベルトの音楽として好むかどうかは聴き手しだいだが、すばらしい演奏であることには違いない。



極端なことを言えば、この演奏ならオーディオ装置によるダメージは最小限に済むかもしれない。



しかし、

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晩年のジュリーニによるこんな演奏なら、お手上げだ。
不十分な調整によるオーディオから受けるダメージは計り知れない。

ヴァントの演奏がそうではないとは言わないが、この晩年のジュリーニの演奏、その一音一音に込められたニュアンス、感情、思い入れは計り知れない。不謹慎な言い方かもしれないが、一瞬一瞬がスリリングだ。

こんな演奏、その一音一音の再生が十全にできない装置で再生すれば、それはただのぼんやりした演奏に聴こえてしまう。


恐ろしい演奏。

その演奏を再生するのは我々オーディオファンの義務だ。









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KJラボ邸に行ってきた。
パラゴンを台に乗せる手伝いをしてきた。
オーディオをしたいのに手伝いが必要なためストップしてしまう辛さを知っているから。



で、

一台のアムクロンのチャンデバをかっぱらってきた。

一台は私がもともと持っていたもの。

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比べてみると、2台は見た目からして違う。
ボディが赤っぽいのがかっぱらってきたアムチャンで、こっちの方がシリアルが若い。

面白いのはトランスの固定方法。

私のほうはボディーから浮かしてある。
これがメーカーオリジナルかどうかは解らない。


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オーディオ機器のブラックホールたるKJラボから機器を助け出すにはかっぱらってくるほか無いわけだが、かと言って、私に必要なのは一台なのであって、今すぐ2台が必要なわけではなかった。

いくらこのアムチャンが好きだとはいえ、すぐには必要ない機器をかっぱらってきた自分を考えてみると、私もまたガラクターズの血が流れているのかもしれないと思い至り、愕然となるのである、、、、。

by johannes30w | 2007-04-21 13:20 | オーディオと音楽
2007年 04月 21日

さあ大変だ

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やはり、chあたり、シングルX2 デュアルX2でした  (*_*;

それにしても・・・・・

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たいへんだぁ   (^_^;)

by johannes30w | 2007-04-21 11:37 | オーディオと音楽
2007年 04月 19日

レディ


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久しぶりに山を登った。

借りていたパナのAVアンプを返しにhide。さん宅を訪れた。


いつものように、脱輪しかけながら、山を抜け到着。


「こんばんは~」


「はぁいっ!」


お? 恐いぞ、、

と、、、

「セッティングくらいしろよなっ!」

はいはい、そのとおりでございます。
しかし、あたしゃーセッティングの腕なんてございませんです。

「もう少し気を使えよなっ!!」

はいはい、そのとおりでございます。
しかし、あたしゃー気を使えるような繊細な神経を持ち合わせていないんでございますだよ。



hide。さんの音が、どえらくマジなものであることは、庭のミミズに聞いたって知っている。
超ハイエンド機器を使い、さらにそれらを捨て去った意味は何なのか。



そんなことはさておき、ここに来ると、我にかえったような気がする。
ドロドロブスブスと、自分だけの世界にはまり込んでいる自分に気づかされる。

自分が間違っていて、hide。さんが正しいとか、
自分が大バカ野郎でhide。さんが聡明だとか(これはそうなのか?)、
そんなふうにはまったく思わないのだが、

また、hide。さんのようになりたいとか、あの音を出したいとか、
これもまったく思わないのだが、

(すべてお互い様だが)

でもここに来ると我に返る。

ありがたい話だ。



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hide。さん宅を訪れたもう一つの理由がある。

現在うちのシステムは5ウエイにコンデンサーをかませたツイーター。

この5+1体制ではやはり納得できない。


パワーアンプのエージングがやっとひと段落し、使える手ごたえがはっきりあった今、

6ウエイに戻す。


そのために、ノイマンディストリビューターOPアンプ、電源を含めた選定をやっと始める。
使い出してずいぶんになるが、使う意味と、使う必要性がはっきり確認された今、始める。

6ウエイに戻す前に、ちゃんとした音を聞いておきたかった。




さあ、頑張りますか・・


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by johannes30w | 2007-04-19 01:57 | オーディオと音楽
2007年 04月 18日

何のために

マーラーの交響曲も後期になればなるほど、その深さは計り知れなくなる。
9番など、私があらゆる音楽の中で、最も大切にしている曲。

かっちょわるいが、愛していると言ってもいい。

おそらく私が同じ曲で一番沢山レコードを持ってる曲。

ただ、そのあまりの美しさ、深さから、気軽に聴けない。


何年かに一度、意を決して聴く。

気持ちを落ち着かせ、落ち着かせ、冷静に、冷静に、
 何日も気持ちの準備をし、、

聴く



リズムにならない途切れ途切れの冒頭、


ああ、始まってしまったと思う。




聴き終わって、2~3日して我に返り、気が付けば思いっきり消耗している。

私は消耗するために音楽を聴いているのか?

by johannes30w | 2007-04-18 16:24 | オーディオと音楽
2007年 04月 15日

9番

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by johannes30w | 2007-04-15 10:50 | オーディオと音楽
2007年 04月 14日

・・・

最近どうも忙しい。

体調を崩したこともあって、落ち着いたら聴こう。早く聴きたい、、

と思っていたが、一向に落ち着かない。


ま、いいや、、。


先日、やっとブツが届いた。

破損していたホーン。

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これでフロント3チャンネルがそろった。

この安物クラシックプロスピーカーは映画用。

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5.1チャンネルをやってみようか・・・。

AV用ということで、はなからいいかげんな気持ちで始めたんだが、、、、

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リアスピーカー、サブウーハーも含めてスピーカーは揃った。

問題はやはりアンプで、これも先日5.1用のソニーのプリがやってきた。

 



一番最初、
とりあえず鳴らそうということで、フロント2チャンネルからスタート。
エレクトロコンパニエのプリメインアンプを使う。
これがなかなか聞かせる。
しっとりと、しかし手抜きをせず、地味だが味わい深い。
これは本当にいいアンプ。


だが、
AVとなると、特に最近の映画は効果音が凄いわけで、物足りない部分も出てくる。

ソニーの5.1チャンネルプリが来たこともあって、フロント2チャンネルをアムクロンのチャンデバで分割、サブウーハー領域をJBLのPA用サブウーハーとし、パワーアンプには2台の6260を使った。

これはよかった!
6260の濃厚な表現が、映画における声の実在感には欠かせないとまで感じた。


映画用に考えたシステムだったがかなりいい感じになってきたので、(寝室にセッティングしていることもあって)寝る前とかにバッハなど聞いていた。今までサブシステムなんぞは使えないと思っていたが、これは至福の一時だった。

しかし、そのシステム、スイッチの数が増えていた。DVDプレーヤー、プリ、ラインコンバーター、チャンデバ、2台の6260か。
いくら音が気に入っていても、これではメインシステムの再現。
メインシステム以外でそんなに面倒なことは嫌だと、強く強く強く思ってしまう面倒なことが大嫌いな私なのである。



かねてから、デジタルアンプというものに強い興味はあった。
うちのように何台ものチャンデバ、パワーアンプを使わざるを得ないような場合、音がどうのこうの以前にそのスペースユーティリティは非常に大きな魅力。高負荷であっても負けない(燃えない?)ことは、なんと魅力的なことか!

デジタルアンプと言えばhide。さん。
彼はEAWを高負荷で使っていい結果を出している。
あのEAWはやはり気になる。

実は現在あるアムクロンのKに進む時、なんとか強奪してきて聞いてみようと画策していたのだが、持ち前のものぐさで実現できずにいた。

気になるものは気になるもので、何とか聞いてみたいとは思っていたものの、マンハッタンに組み込むのはあまりに不確定要素が大きく、ステレオアンプ6台を試しに買ってみるほど大金持ちでもなく、あきらめていたものの、頭の片隅にはいつもデジアンがあった。

これは意外と使えるかもしれないと、耳打ちされたデジアンがある。
パナソニックのAVアンプ。安い!
もしマンハッタンにこれを使えるとなると、タワーになってるアムクロンじゃなく、ちっぽけなこいつ2台で終わることができる!!
もしそうなら本当に夢のような話だ。

hide。さんが、試しに買った。
hide。さん自身がほとんど聞かないまま、借りてきた(いや、持って来てくれた。hide。さんありがとね)。
マンハッタンにいきなり組み込むのは億劫だったので、とりあえずAVで試してみることにした(まあ、それが本来の使い方だろうしね)。



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パッと聞いて、、

さすがにS/Nがいいな~。
でも、さすがに音に奥行きが無い。

メチャ寂しい。

面白くない。


ま、濃厚な6260からいきなりこいつに変えたんだから、そういう第一印象でも仕方ないかと、我慢して聞いていた。

我慢しきれなくなって、イコライザーを弄りだす。

イコライジングを悪の権化みたいに考える「ピュア伝送」命の人たちがいる。
かく言う私だって、基本的には嫌い。ただ、私が嫌いと言えるのは、6チャンネルマルチをしているからであって、多チャンネルマルチの場合、その存在そのものが多チャンネルパラメトリックイコライザーを含んでいるものであるからで、マルチじゃない一般的なスピーカーの場合、イコライジングはまずは必須と考えてる。まともにフラットな部屋などありえないし、まともに聞けることがまずは大切であって、それが実現してからオーディオが始まると考えてる。実現しないまま、いろんな機器の音色の聴き比べをオーディオとして楽しんでいる人たちも多いが、それも一つの楽しみ方であるにしても、何を言ってもそれは本末転倒。

ただ、イコライジングももちろん功罪併せ持つのは当然で、フラットにこだわって弄りすぎると、位相の乱れからか、つまらん音になってしまう。


このパナソニックのAVアンプはフルデジタルアンプ。
仕組みはよく解らないが、こいつのイコライジングを弄っても、私にはまったくその悪影響が感じられなかった。

これは、私のオーディオの常識を覆すもので、メチャメチャ驚いた。
イコライジングを弄っても、悪影響が無い!



すごい時代になったもんだと感心しきり


イコライジングして、聞き易くなった。



2時間くらい聞いていると、
高域に驚くような美しさが表れ始めた。
ドキっとするような・・・・



で、聞いていた。


4時間くらい聞いていた。
それ以上の変化はほとんど無かった。
相変わらず、奥行きが無い。


楽しくない、、、。



電源は切らなかった。
(hide。さんごめんね)


3週間(?)ほどつけっぱなし。


数時間の変化以上の変化はほとんど見られなかった。


至福の時間は過去のものとなった。



これ、音は悪くない。
でも、楽しくない (>_<)

あまり聞きたいと思わなくなっちゃった。


私は贅沢なんだろうか?
いや、わがままなだけだろうな、、、、。


諦めて、ソニーのAVアンプを再び引っ張り出してきた。


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オークションで売ってしまおうと、梱包する直前だった。


パワーアンプで使っていた6260は、売ってしまったあと。

しかたないので、そこら辺にあったパワーアンプを使う


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これはAPAのパワーアンプ。
音は、、、まあどうでもいい。
このパワーアンプのアッテネーターは、音が悪い。
ちょっとでも絞ると、情け無い音になる。
よくパワーアンプのアッテネーターを絞ると音が悪くなるというが、あれって部品がボロイんじゃないの?
今まで使ってきたアムクロンやJBLアンプではほとんど感じなかったもの。


で、鳴らすと、
S/Nがメチャ悪い。


        ありゃ~、パナのAVアンプって、良く出来てたんだなぁ~
      恐るべしデジアン。 
        20倍の金額を払っても、これを欲しい人はいっぱいいるだろうなぁ~。
                                   でも見せちゃいけない   (^_-)





いろいろ弄って、まぁ聞けるようにした。

さぁ、至福の時間は・・・・・帰ってこないのかなぁ~

でも、少し楽しくなった。



デジタルは、凄い。
今回、実感した。
総合的に、パナのアンプは使わないことにしたが、その使い勝手のよさは驚異的だ。
レスも私には感じられない。

これなら、上手く行けば、チャンデバまでのシステム前半をデジタル化してもいけるかもしれないな。

貴重な体験。

hide。さんありがとうございました。






とうとううちからJBLアンプが完全に消え去った。


私は退路を絶たねば前へは進めない。



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by johannes30w | 2007-04-14 13:01 | オーディオと音楽
2007年 04月 06日

来た来た

暫くこれで聞いていた

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解る人には解るけど、解らない人にはまったく解らないだろうなぁ~


私の現在のプリ部は、アンペックスAM-10というミキサーを使っている。
マイク入力が主だけれど、2つの入力は、こんな変更可能なトランスを差し替えることで、ライン入力にもできる。

で、これは、タムラのトランスを使ったありささん作成の必殺皮巻きライン入力トランス。

オリジナルのアンペックスライン入力トランスから、これもありささん作成のダイレクトプラグ(トランスレスで、直結)に変えたのが先日。

ダイレクトプラグの力を失わない鮮烈な響きに狂喜し、オリジナルを追い出した。
ダイレクトプラグと言っても、まあ単純にプラグの足を繋いでいるのに過ぎないのだが、いやいやそこには当然ありささんのノウハウがつぎ込まれている。
足を繋ぐ線材のチョイス。なんと4~50年前の米軍仕様のヴィンテージ銀線が使われている。
しかも縒り線!
半田にも心が砕かれていることは言うまでも無い。

で、

今回投入されたのが、古いタムラのトランスを使ったライン入力トランス。
線材、半田にも同じものが使われている。
今回はさらに皮で化粧までされている。

さあ、どうなのか・・・。

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ダイレクトプラグから、このタムラトランスに変えた時、正直に言えば、あまり違いがわからなかった。
しいて言えば、トランスの悪い面があまり感じられないということで、意外といいのかもしれないと思っていた。

2日ほど聞き、昨日ダイレクトプラグをもう一度使ってみた。

驚いた。

音像の作られ方がまったく違う。


ダイレクトプラグに変えたとたん、音場がウワーっと広がった。

が、

音像も散漫になった。



音色の変化はまだ感じていない。


びっくりしてタムラトランスに戻した。

うんうん、うなずきたくなるほど音像が凝縮される。
しかし音場は狭くなる。いや、奥行き方向に深くなる。



最近、音場や音像は、オーディオ的にはともかく、音楽を聴く上であんまり重要でないのではないかと考え始めていたが、ここまで変わると気になる。

さあ、どうしようかな。

ありささんではないが、もはやどっちでもいいほど両者はいい。

こういうのは私にすれば非常にめずらしいことで、たいがいは早々に決着がつく。


どっちでもいいから、ま、じっくり楽しんで決めていこう。



にしても・・・・・

あの皮には化粧以外に効果が当然あるように思うな。
制震はもちろん、そのほかにも、、、、











チクルスも後半になってくると、さすがになかなか進めないなぁ~

作品が作品だけに、さすがに堪える。



まだ大地の歌が頭の中をぐるぐる回ってるのに、次へは進めない。

まして次は9番だよ。



次へは進めないけど、何も聴かないのはなんだか寂しい。

小品を含めたブラームスのチクルスをやれという指令もあるのだが・・・・・

交響曲だけならまだしも、小品まで含めるの???




ま、そんな指令は無視して、

いつものように好き勝手に、



スクリャービン

何も考えず、その響きに酔いたい




スクリャービンと言えば、まずはホロヴィッツを思い出すが、
その演奏の深さはともかく、こういう時、さすがに録音が古い。
古い素直さは、場合によってはありがたいが、何も考えずに酔いしれるには少し辛い。

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ウゴルスキのこのCDはいい。

彼の「音」に酔う

美しさというものが、ピュアなだけでは表現しきれないことを教えてくれる。


その響きは深く、重く、しかし美しい。

一音一音が、他の音に負けず、そそり立つように独立し、しかも調和している。








その響きに酔いしれる。

まさにピアニズムの快感

by johannes30w | 2007-04-06 08:19 | オーディオと音楽
2007年 04月 05日

一夜明けて

冒頭のホルンから異様な雰囲気に包まれるこの曲。


それまでの交響曲の巨大さから、かなり小さくなったオーケストラ。
それでも古典派などに比べれば、大きなオーケストラには違いないが。


音の響きはいっそう純度を増し、その一つ一つの音の存在は大きくなる。



大伽藍

その柱はあまりにも繊細

   あまりにもか細い


そこに響く声は、空虚にさえ感じられる

   どうしても実体を持ち得ない空虚




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子供の頃、「死」と言うものが、どうしようもなく恐ろしかった。

寂しくて、情けなくて、そして怖くて。

いてもたってもいられなかった。



どうして大人は平気なんだろうと不思議だった。

尋ねると、「そんなものは大人になれば解る」と言われた。


うそだ



大人になったところで、何にも解らない。



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マーラーの音楽は、そのことを正面から意識している。

最初から最後までのたうち続けている。


それを見て、「若いな」「面倒なやつだ」と言える人もいる。

その人は大人なのか?


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大人になって解ったこともある。

大人は自分を騙すことができる。


見たくないものを見ずに、考えたくないものを考えずに、

斜に構えて他人を笑い、自分を騙してる。


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「大地の歌」には名盤が多い。
先日も書いたが、ワルターに始まって、クレンペラー、バーンスタイン、ジュリーニなど、いくらでも挙げられる。

しかしこの曲、その性格のせいか、指揮者に異常な精神状態を与えるように思う。

バーンスタインはもちろん、ジュリーニまで、体裁を気にしないまでののめり込み方をする。

昨日(?)写真で示したバーンスタインの新盤など、ずたずたの演奏だ。
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音楽の奥底に迫ろうとするあまり、すでに音楽が崩壊寸前。
そのエネルギーは、いつこときれてもおかしくないくらい、すでに張り裂けてる。
崩壊寸前なのだが、これが音楽なんだと思う。





ジュリーニの2つの演奏も、興味深い。
旧盤は、ベルリンとやったもの。これはスタジオ録音なのかな?
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これを買ったとき、実はがっかりしたのを覚えている。
しかし、今は違う。
シカゴとやった9番を思い出させる。
強大な精神力をもって、隅々にまでその意識を浸透させてる。
尋常じゃない精神力。そのテンション。
しかも熱い。
だが、テノールのアライサがよくない。

この曲でのテノールは難しい。
クレンペラー盤のヴァンダーリヒは素晴らしいが、立派すぎる。
バーンスタイン新盤でのコロも、一時は理想的だとも思ったが、美しすぎる。
結局、へたくそなパツァークしかいないのかとも思える。

ジュリーニはベルリンと録音したのち、3年後に同じアライサ、ファスベンダーを使ってウィーンフィルで演奏した。
今はそのライブCDが出てる。

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これが同じ指揮者かと思うような演奏をしている。

ベルリンの時の、あのギリギリしたテンションはどこへ行ったのか。



いや、もはやそんな見え透いたものもいらないのかもしれない。

ここにあるのはその音楽にかける愛情のみ。

不思議なことに、ここでのアライサはすばらしい。
別人のようだ。


音が、音楽が重なってゆき、空間にたゆたう。


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このジュリーニの2枚のCDは、もちろん録音もまったく違う。

ベルリンとやったDGの録音は、これはいつものDG録音。
すみずみまで見渡せて、あいまいさなど見せない。
当時の録音評でも結構いい評価だったように思う。
だけど嫌い。
この録音のおかげで、演奏まで嫌いになってしまいそう。


ウィーンとやったオルフェオのライブ録音は、
こいつは心底素晴らしい録音だと思う。
壁際のホルンやハープなど、壁の共振もあってぼんやりしている。
しかし、それがライブ。演奏会では当然のこと。
この空気感はすばらしい。
このCDを聞いて、録音が物足りないと思う人は、装置を考えるべきだと真剣に思う。
演奏会にはツイーターなど付いていない。

この違いは技術の進歩じゃないよね。
その間には3年の時間しか無い。
明らかに録音に対する姿勢の違い。エンジニアのセンスの違い。


いい録音
ありがたい

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こんな演奏が聴けたことを誰に感謝しようか

by johannes30w | 2007-04-05 02:04 | オーディオと音楽
2007年 04月 03日

「大地の歌」

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by johannes30w | 2007-04-03 23:42 | オーディオと音楽