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2008年 06月 29日

博多 やまかさ邸

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勉強になりました!

ありがとうございました。

by johannes30w | 2008-06-29 00:42
2008年 06月 25日

遅れてやって来たものたち

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これはガウスの1502ツイーター

やはりでかい!   アルテックやJBLの1インチスロートドライバーほどの大きさがある。

いまさらこれを本体に組み込む気は無いんだが、少し前にはどうしても聞いてみたかったブツ

バラしてダイアフラムなどの様子も公開しようね

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レコカットのターンテーブル

最近、アナログをあまりストレス無く普通に聴けるようになってきたので、

ぼちぼち取り組もうかと、、、、

カートリッジ、アームは決定し、準備は出来ている。

あとはターンテーブルなんだが、いまいち納得できるものに出会えていない。

まずはスタートしなきゃと、このターンテーブルを用意はしたのだが、

メンテをする必要がある。。。

生来の不精がたたって、まだ弄れていない。。。。

困ったな。。。。。


これ、その組成は想像以上にいい。

これだけ無音、無振動で回るターンテーブルを私は知らない。

一旦回せば、呆れるくらいいつまでも回ってる。




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とうとうやってきたデジチャンDSC280

何世代も前(?)のデジチャンだね。


何年か前なら夢中で取り組んだのかもしれないけど、今はのんびり試してみようと言う気分。

というか、現状をバラしてまた一から頑張る元気が今のところわかない。


アイデアだけはいっぱいあるから、ぼちぼち使い方をマスターしていこう。

例によって、取り説も何にも無いからね。





夏が近い。

夏の陣が近づいている。

by johannes30w | 2008-06-25 02:25 | オーディオと音楽
2008年 06月 14日

ベートーベンを聴こう


演奏スタイルは、どんどん変化し続けている。

作曲家自身が演奏者であった時代はまだいいが、演奏家が独立してその地位を気づいてきた近代にはいろいろな問題があると考えられている。

話が複雑になるので指揮者の立場を考えてみる。

ニキシュ以来、フルトヴェングラーを経て現代に至るその指揮者の流れ、その解釈様式にも多くの変遷が見られる。


        -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


楽器というものが大きく変化したのは19世紀。
演奏会場が、サロンから大きなホールへ変わっていくにしたがって、楽器には大きな音を出すことが出来る性能が要求されだした。
結果として、現在の楽器が存在するわけだが、その楽器の変化による演奏方法の変化も大きい。



近年、原典回帰ということで、曲が作曲された時代の楽器で、出来る限りの当時の演奏形態を再現する試みがなされている。




私が知っている限りでは、今はウィーンフィルも当たり前に振るようになったアーノンクールもそういう考えを持って音楽界に登場してきた。



当時の楽器で、当時のスタイルを再現して演奏する。
さらに曲に対しても、出来る限りの文献を調べ上げ、その解釈に盛り込む。





ちょっと聞けば、これらはまったく正しい方向に思える。




しかし、



これは新しい流れでもなんでもないんだよね。

楽曲解釈の一つの方向性、考え方を、改めて声高に言っているにすぎないんだ。






これらの「新しい」解釈は、HIP(ピリオド楽器、ピリオド奏法による演奏)を合言葉にしている。

我々が簡単に判断できる材料としては、古楽器によるノンビブラート奏法
(ビブラートって新しいんだよね。古典派の時代には無かった)

1970年に入って、多くの古楽器オーケストラが結成され、盛んに活動を始めた。

私自身は、特に興味はなかったが、1~2のレコードは買ってみたりしていた。


が、


面白いものは、ほとんど皆無。。

まさに研究用、もしくは学術的意義があるものとしてしか存在意義がないようにさえ思えた。



でもね、これは、結局指揮者、演奏家が未熟だったため。



最近になって、HIP自体がはっきりと音楽界に浸透し、ピリオド奏法も、あたりまえのものとして選択、受け入れられてくると、とたんに魅力的な演奏も表れだした。





そういう時代になって、一般(?)の指揮者、演奏家の当然の教養として、HIPが咀嚼されはじめた。





最近の指揮者、演奏家はこれを考えることなしには、いや、当然の選択しとしてHIPがある。







だけどね、





ある時、HIPを強く牽引するノリントンのコメントを聞いて、考え込んでしまった。





彼は、その時ベートーベンのシンフォニーのリハーサルをしていたのだが、




「これは馬だ!」

「ベートーベンの時代は馬だ !」

「蹄の音!」

「走り回る!」

と、ノリントンのリハーサルは、大暴れ。  すこぶる面白い。



しかし、その後、インタビューアーの質問に答えて、

「私はベートーベンの想定した音楽を、再現したい」

ふむふむ、

「ベートーベンに聞いてもらいたい」

ふむふむ、

「ベートーベンがどう思うかのみが、私の気がかりだ」




  ・・・・・・・




ひねくれ者の私は、ここまで聞いて、ちょっと待ってくれと言いたい。

この、「ベートーベンが・・・」という言葉は、HIPを表立って標榜している指揮者以外からも、最近も聞いたことがある。

簡単に聞き流してしまえば、見上げた姿勢にさえ思える。


しかし、


それでいいのか?



演奏者は、作曲家と聴衆の間を取り持つ存在だ。
作曲家の表現したかったこと、訴えたかったこと、その心情を、大衆である我々に、示してくれるべき存在であるはずだ。

聞かせるべきは、ベートーベンではなく、我々であるはずだ。






ベートーベンは、シンフォニーで馬が走り回るさまを表現してそれでよしとしたのか?

違うはずだ。

馬が駆け回るさまを表現することで、何かを伝えたかったはずだ。

何かを伝えるために、馬が駆け回るさまを表現したはずだ。



当時の人間なら、馬が駆け回るさまを聴いて、その何かを受け止めることができたのかもしれない。
しかし、現代に生きる我々は、馬が駆け回るさまを聴いても何も受け止められないんじゃないか?



時代が変わるとはそういうことだ。



では、作曲家と聴衆を繋ぎとめる演奏家が行うべきは、馬が駆け回るさまを表現することよりも、作曲家が伝えたかった「何か」を我々に提示することじゃないのか?




聴衆不在の音楽を奏するものは学者なのであって、演奏家じゃない









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相変わらず好き勝手なことを言いながらも、私はノリントンの演奏が嫌いではない。

ま、あえて聴こうとは思わないだけだ。




このHIPの広がりは、その張本人たちだけではなく、多くの演奏家に大きな影響を及ぼしてきたように感じる。



一時は、自分の姿勢が定まらない演奏家が多く、音楽もどっちつかずのような中途半端なものばかりであったように思う。



。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。



上のCDは、パーヴォ=ヤルヴィ指揮によるベートーベンの5番


「運命」ですね



この5番「運命」は、初めて全曲聴いた時、やっぱり驚いた。

例の「ジャジャジャジャ~ン」なんだけど、それこそこの極東に住む子供でもマンガやテレビで知っている。

知っていたのだが、知らなかった。

テレビなんかで知っている「運命」っていうのがあまりに軽薄だったことを、当然のごとく思い知らされた。



ただ、子供にとってはやっぱりどうしようもなく恥ずかしくって、聴きたいんだけど、大きな音では聴けなかったなぁ~

(今は、精神もすれっからしになっちまったんで、周りが恥ずかしいくらい大きな音で聴けます (^_^)v  )




ヤルヴィと言えば、私にとってはネーメ=ヤルヴィ(パーヴォのお父さんだね)の方がなじみが深い。

コンサートにも何度か行ったっけ。。

いい仕事をきっちり仕上げるお父さん。

ちょっぴりおふざけが好き。。。




出来のよい2人の息子の一人がこのパーヴォ。

どこかでちらっと聴いただけだったが、なかなかシビアな演奏をするいい指揮者だなぁ~と思っていた。




パーヴォ=ヤルヴィは、大阪国際フェスティバルにグリモーと一緒に来た時に聴いた。
オーケストラは、フランクフルト放送響。

ベートーベンの皇帝と、ブラームスの2番だった。

喜びに満ちた美しいベートーベン、明快で、自由自在なブラームス。
いい演奏会だった。

最も驚いたのは、その時のフランクフルト放送響の響き。

実に美しかった。


フランクフルト放送響と言えば、私などはインバルを思い出してしまう。
インバルも何度も聴いたが、あのオーケストラが、あんな美しい響きを発するのを聴いた覚えが無い。

ピュアで、美しい響き。






実はこのコンサート、パーヴォ=ヤルヴィのHIPに対する考え方など、全く気にせずに行ったんだ。

当日、あの美しい響きがなぜ聴けたのか、しばらく考えていた。




やはり、HIPで育ったおかげなのかもしれない。

ノンビブラートでの美しい響きをよく知っている。



ただ、ノンビブラートというのは、弦楽器奏者にとっては大変だろうな。

ビブラートでごまかせないもの、、、。







HIPがどうのこうのというお話は別にして、と言いたいところだが、現在の指揮者においてはこのHIPに対する考え抜きでは音楽が成り立たない。

どうしたってその影響を受けている。

一番面倒なのが、メジャーオーケストラの常任クラスなんだろうと思う。

メジャーオーケストラでは、そこで使われている楽器は当然現代のモダン楽器。
もし指揮者がピリオド楽器を使いたいと考えてもそれは無理。
しかし、ピリオド楽器を使えないということで、その常任の座を捨てるわけにもいかない。

どうするか。。。

そういう意味で、中途半端な演奏になってしまっているのかもしれない。


ここら辺をきちんと咀嚼して、音楽として成熟させることができた初めての指揮者がラトルだと感じている。



彼がベルリンの常任になったことは、私にははっきりとした新時代の到来を感じさせる。


    -。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。




前任のアバドの楽曲に対する考え方を思い出してみると、現代の指揮者の立場がよりいっそう鮮明になる。



アバドが登場してきた時も、世間では新時代の到来だと騒がれた。



これは、HIPなどよりも、ある意味本当に新しい時代が来たことを意味していた。





アバドは、楽譜に全てがあるという立場をとっている。
これは新鮮であった。

それまでの指揮者、音楽家は、やはりいろんな研究の上に音楽を成り立たせていた。

作曲家の生い立ち、人生、その人となり、作曲が行われた時期の作曲家の境遇。
いろいろな調査研究を重ね、それを解釈し、音楽を考え実践する。

これはどうしても正しい姿勢だと考えられる。

しかし、作曲家の全てを調べ上げ、解釈しつくすことなど現実にはできるはずもない。

調査研究といえども限界があるということだ。
言ってみれば、全ての研究と言うものは、中途半端な形として終わらざるを得ない。


アバドはこの中途半端な状態を嫌う。

いい加減ではなく、中途半端ではなく、確実に間違いないものは何か?


スコアだ。



だからアバドは楽譜を読む。

他の「いい加減な」「情報」などではなく、確実で、間違いのない唯一の情報として楽譜を読む。





この姿勢は他には無いものだ。

それまで無かったものだ。




だから、アバドは新時代と言われた。






ベルリンの常任がアバドからラトルに変わった。


ラトルもHIPを咀嚼している。
十分その考え方、方法、そして音楽を知った上でベルリンフィルを振る。

音楽は新鮮で、新しい時代をひしひしと感じさせる。





しかし、実は、HIPの考え方自体はアバド以前に戻った。





作曲家の時代、生き様、その時の状況を考え、音楽を作るということなんだね。


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ここにクナッパーツブッシュのベートーベンがある。


昔はこういうレコードを血眼になって探し、むさぼり聴いた。


いまや、HIP陣営からは悪の権化みたいに考えられてる演奏。

私にしても、ヤルヴィの直後に聴くと、いきなりひっくり返る。




だが、


その音楽を作る姿勢において、クナッパーツブッシュはアバドよりヤルヴィやHIPに近いんだ。



いや、


逆か。




本当は、ヤルヴィやHIPは、アバドよりクナッパーツブッシュに近いのかもしれないね。





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クナッパーツブッシュを聴こう


確かにHIPを含む現代の演奏を聞いた直後に聴けば、その異様さに愕然とするだろう。

しかし、頭で考えるのではなく、その音、その流れに身をゆだねよう

音楽を、身体の全てで感じよう




流れに身をゆだねれば、音楽が自然に呼吸していることがわかる。

一つ一つのフレーズが、温かく息づいている。

おどろおどろしさなどもはや消えうせ、音楽への慈しみさえ感じさせる。


素晴らしい音楽。



聴き終えた後、いろんなHIP演奏を思い出してみると、

それらが、つまらない事ばかり気にした小賢しい演奏に思えてくる。

恐ろしいもんだ。






全ての人は、自分のベートーベンを持っている。

ベートーベンを聴き、ベートーベンを感じ、それがその人のベートーベン。


正しいとか、間違っているとかではない。


ベートーベンを聴こう。

by johannes30w | 2008-06-14 14:57 | オーディオと音楽
2008年 06月 11日

アルテックは

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アルテックは、完全に封印するつもりだったんだ。


止めておこうと思ったんだ。



もちろんその音に不満があったわけじゃない。

アルテックは、いつでも魅力的だった。



でも、ケーブルも外して、封印しようと思ったんだ。





何の偶然か、その時JBL4560がやってきた。

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4560は、以前実験用として、本体に組み込んで使ったこともあった。

今回は、本体に組み込むのが目的ではなく、なぜだかやって来た。

これを使ってあれこれしようと思ったわけではないが、

それでも今まで得てきた考え方、テクニックを使えば、魅力的に鳴らすことは出来るだろうとの思いもあった。

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思惑通り、非常にうまくいった。

この4560には2225が入っていたのだが、それに合わせるべく用意した2425との相性も、

まったくうまくいった。

念のために、2420で試したり、2344ホーンも使ってみたりしたが、

やはり最初の考えが正しく、これらを使うことはなかった。

クロスその他の調整も、非常に順調で、もはや5Fに上がる必要など無いのではないかと思えるほどの鳴りっぷりを見せた。

ごんたどんが聴きに来たのはその頃だったか・・・・




しかし、




ある夜、私はアルテックでやっていたみたいに寝る時に鳴らしてみた。


いい音だった。





しかし、




しかし、








眠れない。






どういうわけかは解らなかった。




でも、眠れないんだ









私は、スピーカーケーブルを引っこ抜いた。

アンプをばらした。





4560は残骸になった。



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ODさんがやってきて、聞かせろというので、ありあわせのアンプを持ってきて、

仮接続ながら、とりあえず音を出した。

彼が帰った後、4560のケーブルは、再び引っこ抜いた。




今度はアルテックのケーブルを抜くことができない。







アルテックなら、私は眠ることができた。





アルテックは再び歌いだした。



アルテックの歌なら、私は共に眠ることができる

by johannes30w | 2008-06-11 13:55 | オーディオと音楽
2008年 06月 10日

ありがとう

 届いた

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これはボザーク用ライントランス

2番ホットのスチューダーCDP出力を、3番ホットのボザークラインミキサーにバランス入力させるべく、
ありささんが作ってくれた
   (ありがとうございました)

セットする

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うひゃひゃ、、かちょいい!

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で、

ある程度の比較は出来ているのだが、

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プロシードPCDとスチューダー。。


プロシードは

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フィリップスの、おそらくCDM-4あるいはCDM-4Dを使っていると思われる。
数少ないデータを再確認しても、かなり凝った作りとマジな設計。

ただ、今となっては詳細は、すでに闇の中

悪いはずはないという、いつもの勘のみを頼りとし、ここに運び込んだ

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プロシードを初めて繋ぎ、音が出たとたん、あ、これは・・・と思った。。


全域に密度の途切れない充実。

こいつはマジなCDPだね


スチューダーではついぞ聞いたことの無い濃厚な音。。


本当に、やられた!と思った。



スチューダーの代わりなんて、まったく考えもせず、便利そうだな、サブで使ってみようか・・

なんて気軽に持ち込んだんだけど、、、





ODさんがやってきた時も、プロシードばかりで聴いていた。



その濃厚さは、女性ボーカルに血の通いを感じさせる。

中域のエネルギーは、各楽器に実体感をもたらす。



だが、ODさんを横目にチューニングを進めていくと、どうしてもとりきれない4550のウモウモを感じた。

こればっかりは、相性としか言い様がないのだろうが、、、、




で、しばらくぶりにスチューダーに戻すと、



濃厚さはさすがに減るが、いや、それは彫刻のような彫拓をくっきりと刻み込んだ厳しい音。



あいまいなうもうもさえ許さない厳しさ。





おー、なるほど。。



今夜、ありさトランスを得て、バランス接続に戻ったスチューダーは、アンバラ接続時にやはり感じていたちょっとした線の細さ(オーディオ的にはハイファイらしさ)をもはや感じさせず、やはりその不動の地位は揺るがない。


恐ろしいプレーヤーだな




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でもプロシード、もう少しここで聴いてみよう。

このCDP、魅力的!

by johannes30w | 2008-06-10 01:53 | オーディオと音楽
2008年 06月 06日

愚か者と大バカ野郎

18:50

  ODさんがこちらに向かっている模様




先日、携帯に着信が入っていた。
私は携帯の着信をあんまり取らないんで、よく顰蹙を買うんだが。。。
その日もふと思い出して携帯を確認すると、恐るべき数の着信が入っていた。

  「おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ」


一瞬ぞっとしたが、まあ申し訳なかった

エンクロージャー・ホーンの塗装を四十数回行う人だ。

凄い!  (恐い!)

人間国宝の漆塗り職人より凄いんじゃないか?

(後に、この「四十数回」というのは、かなり遠慮した回数であることを、ご本人から伺った)


                               (ーー;)




ODさんは携帯を持たない主義。
しかも、仕事場に℡しても、出なかったりする。
まあどっちもどっちだが、そうなるとこちらからは連絡はできないので待つしかない。

程なく携帯が鳴り、こんどは出ることができた。



暇な日はありませんかと尋ねられた。
どうやらうちに様子を伺いに来る気のようだ。

その時は、私も予定がまったくわからず、後からメールでお知らせすることを約束し、電話を切った。




調べてみると、6月のお休みは、7日の土曜日しかなかった。
その旨をメールで伝えると、音信不通になった。

ああ、諦めたのかな~と思ってると、


やっとメール

「6日の金曜日に行きます。お仕事が終わる9時頃に伺います。夕食は新幹線で弁当食べるからご心配なく」




はぁ。。





で、

再び着信の嵐


  「 おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ

   おとがでるだけ








             」



やっと出る


「あの~、6日の金曜日に行きます」


  はいはい

「せっかくの休みを台無しにしちゃもうしわけないんで、金曜日に行きます」


  はいはい

 でも夕食はどうするの?

「弁当食べていきます」


  うん、でも一緒に焼き鳥でも食べませんか?


「え? 焼き鳥ですか。。  そんな気分じゃないなぁ~」


  (ム・・・・)

  じゃ、何食べます?


「だから弁当食べて行くって」


  だから、私は仕事終わったばかりの時間なんだって



「でも、時間もったいないし」


  だから、私は何も食べていない状態なんだって


「でも、、、、食べに行ったら時間がかかるでしょ?」



  メシ抜きで相手せよって言うのか~!!!!

      (とは言わなかったが・・・・)






こういう超マイペースの人とは、わがままの言い合いになる。


わがままだったら負けないぜ!




20:50

  もうすぐ到着の電話が公衆電話からあるだろう。。



うちの近所に公衆電話なんてあったっけ・・・・。。。






    -。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-。-






ODさんを焼き鳥屋に連れて行った。

残念ながら焼き鳥屋は一杯。。

向かいのカレー屋に行く


「食事は期待してないからね」

などという思わずムカッと来る言葉を聞き流し、、、、、






帰ってきて、すぐに聞き出そうとするODさんを座らして、



じらす







「行こうよ」






「聞こうよ」







しかたないねぇ~









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そんなに根詰めたら、



身体壊すぜ






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 翌日


11:50

      やっと帰った

                        (>_<)



  しかし、


連続して長時間聞いたおかげで、

調整が進んだ



ODさん、ありがとうございました

by johannes30w | 2008-06-06 19:02 | オーディオと音楽
2008年 06月 06日

新しい波

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by johannes30w | 2008-06-06 01:49 | オーディオと音楽
2008年 06月 03日

アンペックスは

とうとうはずしてしまった

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ボザークがその後を継ぐ

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アンペックスの豊かさに溺れたい欲求は抑えづらいが・・・・



アンペックスに比べ、真っ当とも言えるボザークではあるが、

それを選んでしまう決め手になったのは、うちのアナログ関連機器

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この連中との相性が、どうしてもボザークを求める。

Ureiとボザークの相性など、良いに決まっているようなものだが、
いや、実際にその収まり具合を感じてしまうと、もはや外すわけにはいかない。


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仏エラート盤で、シューベルト

最近の、小賢しい演奏であれば、これくらいのもので音楽に浸っていたい

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あれからどのくらいの時間が経ったのか

4550は鳴り続けている


じっくり違和感を取り除き、なだめて、鞭打って、

私自身も気力を振り絞り、ひたすら鳴らし続けてきた。


違和感があろうと、気になる部分が露呈しようと、まだまだ手を加えず、レベル調整のみ行ってきた。



おおよそ見当がついたのが、やっと最近のこと。




今夜、初めて極性を変更する。



うちでの現在のセッティング条件では、間違いなく4550は逆相がいい。



見当どおりの結果に満足し、

これもずいぶん前から待っていたことを実行に移す。












ツイーターの強化。





強化と言っても音量を得るための強化ではない
他にも理由はあるが、
主としてエネルギーバランスをとるためのもの。


マンハッタンシステムで、現在最高帯域を任しているのは2420ドライバー+2344ホーン
これを14K以上で使っている。

何度考えてもバカな使い方なんだが、これが実にいい。
周波数グラフなんかで見ると、使い物にならないような使い方だと思われるだろうが、
そうお思いの方は、実際に試してみるといいよ。

この2420+2344を14K以上でかぶせているわけだが、その下は2441+2360
こいつらと、やっぱりエネルギーバランスが合わない。

2420のエネルギーは、当然2441より低いわけで、それを合わせようとすると、2420のゲインが当然上がる。
すると、2420がわめきだす。

エネルギーバランスをとるということは、すべてのユニットが、同じくらいの仕事量をこなす状態にしてやるということ。
そうでないと、ある帯域のユニットだけが、妙に頑張った音になってしまう。


いただけない



だから、
私は2420+2344をダブルにしようと考えた。


だだちんに頼んで、手に入りにくい2344ホーンを用意したのは、しかし何ヶ月も前のこと。


4550が落ち着くまでは、封印していた。




さらに、他のブツも用意した

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実験後、あまったツイーターは、アンビエンス用として考えてみよう。




で、とりあえずだがセッティング

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エネルギーバランスの重要性を再確認



これでレベル調整が楽になる













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ジュリーニのベートーベン

ジュリーニの言葉が聞こえてきて嬉しい。

喜びに満ちたベートーベン



音楽は素晴らしい。













アンペックスは


私は使わない機器を残しておくことが嫌いだ。

しかし、こいつを、あの豊かさを、あの溺れるような快感を失うことは、とうとう出来ない。


アンペックスは、


私のオーディオの殿堂入りなんだ

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また、再び会う日もくるだろう

by johannes30w | 2008-06-03 02:25 | オーディオと音楽