ダークサイドへようこそ

johannes30.exblog.jp
ブログトップ
2012年 02月 12日

KTさんとHL88

KTさんのHL88を聞かせてもらいながら、ずーっと考えていた。

HL88は、実に練り上げられていた。
まさにKTさんの音と言うべきまでに練り上げられていた。

緻密で、全く破綻しない。
実にジェントルな響きで、JBLにありがちなとっちらかりが無い。
本当の躾とは、こういうことを言うのだろう。

その音は、KTさん自身そのものを表現しているのかもしれない。
ジェントルで、これみよがしなところが全く無い。
KTさんの気に入らない音は、完全にコントロールされている。
恐ろしいまでに丹念に丹念にそぎ落とされている。
おそらく、気の遠くなるようなチューニングの果てに築き上げられた音。

こういう、KTさん本人を思い起こさせるまでに突き詰められた音というのは、もしかしたらあの自作のアンプ無しでは実現できないに違いない。
あの見事な自作パワーアンプがあって、そのアンプを含めた細心のチューニングがあって初めてここまでの練り上げが可能だったに違いない。

とすれば、アンプを自作したり、弄るスキルの無い我々はどうすればいいのか。



アンプなどを選ぶ時、見事なアンプになればなるほど、その製作者の存在が大きくなる。

ある人が自身のすべてをつぎ込んで完成させたアンプがある。
確かにそれは素晴らしいに違いないアンプなんだろう。
しかし、自身の謂わば生き写しであるそのアンプの素晴らしさは、
結局その製作者自身の魅力を反映していることになる。

世の中には多くの魅力的アンプがある。
レビンソンのアンプ、クレルのアンプ、PASS、GAS、マランツ、上げていけばきりが無い。しかし、それらのアンプのほとんどは、その後ろに確固たる製作者の顔が見える。
彼らがその才能を駆使し、注ぎ込んだ作品がこれらのアンプなんだ。
当然それらの製作者の個性が表現される。
謂わば製作者の生まれ変わり。
そのアンプが魅力的なのは、裏を返せばその製作者自身の人間の魅力が大きいせいに違いない。
つまり、我々は、その製作者の音を聞いているんだ。

この事実は、少しばかり複雑な感情を私に与えてしまう。

あるアンプを気に入って使ったとして、そのアンプは製作者の音を出しているのであって、決して「私」の音ではないんだ。
当たり前のことで、もうどうしようもないことなんだけど。
それでもなんだか気になってきた。
じゃ、製作者たる「他人の音」じゃなく、自分の、本当の「自分の音」を出すためには自分でアンプを考え、作り出さねばならないじゃないか。突き詰めていけば、抵抗やコンデンサーや、真空管まで自作しなければならないじゃないか。

市販の全ての製品が、「他人の音」であるのは当然として納得せざるを得ないならば、それではこちらはそれを愛でるのみの存在なのか?





オーディオは趣味と言えるものだから、いろんな楽しみ方があっていい。

ひたすら自分の音を追及するのもいい。
いろんな機器を聞き比べて楽しむのもいい。
極端に言えば、音を出さずとも、好きな機械を手元に置いておくだけでもいいのかもしれない。

確かに大好きな機械に囲まれているなら、それだけで幸せかもしれない。
それはハーレムのような状態なのかな。
美女に囲まれているような気分なんだろうか。
しかしこれは男の場合に言えること。

女性なら、、、、
美男に囲まれた状態?
なんだか、ちょっと違う気がするな~




KTさんは、追求型なんだろうね。
ご自身でアンプまで作り、アンプ自体をチューニングし、エレクトロニクスがさっぱり解らない私などよりはるかにご自身の音を追及できるのかもしれない。
そこまでしなければ得られないKTさん自身の音が確かにそこに存在した。

うらやましい!





そこまでぼんやり考えて、

愕然とした。



これは、本当に、うらやましいことなのか?


エレクトロニクスが解ってしまうということは、
新たな荷物を背負い込んでしまうことじゃないのか?

確かに自分の音への追及は、その手段が劇的に増えるという意味では素晴らしいことには違いない。
しかし、手段が増えるということは、それだけ苦労も増える。
努力しなければいけないことが劇的に増えてしまうということと同意なんだ。

このHL88の音を出すまで、KTさんはどれだけの苦労や努力を重ねてきたんだろう。




そんな苦労や努力が趣味の一部なんだとか言われたりする。

昔、面倒な車ばかり乗っていた頃、
実際に乗れる時間より、修理でドック入りしている時間が長い人の話などを良く聞いた。
ドック入りさせることも趣味の一部ですなんて嘯く人も多い。
しかし、それははっきり負け惜しみだ。
やはりクルマは乗って楽しむもの。
ドック入りなんて、無いに越したことは無い。

KTさんはこれまでどれだけの力をこのHL88につぎ込んできたんだろうか。



それは、あまりにも切ない努力に違いないんだ。


KTさんは、全てを飄々と語る紳士で、苦労話なども笑い話に変えてしまう方だ。
他人に苦労など見せない。


だから、余計にその苦労を考えてしまう。
それを楽しみと思わなければやっていけないような苦労。




KTさんは、HL88に憧れて、そして手に入れた。
確かに幸せ者に違いないんだ。

しかし、そのHL88がKTさんに与えたものは、
とんでもない苦労。



憧れの機器を手に入れるということは、
本当に幸せなことなのか?
[PR]

by johannes30w | 2012-02-12 01:46 | オーディオと音楽


<< KTさんとHL88 その2      憧れと、その実現と、 >>